福士成豊

ふくしなりとよ
1838~1922(天保9~大正11)年。
測量(そくりょう)に力を()くした人物で、箱館(はこだて)(つく)った(つづき)豊治(とよじ)の子ども。

5(さい)のとき回船業者の福士(ふくし)長松(ながまつ)養子(ようし)になり、実の父豊治(とよじ)からは造船業(ぞうせんぎょう)を学びながら、アメリカ領事(りょうじ)代理から英語(えいご)も学んだ。
その後、イギリス人経営(けいえい)のポーター商会に(つと)め、このときのちに同志社大学(どうししゃだいがく)をつくる新島(にいじま)(じょう)が海外へ(わた)るのを助けている。また、イギリス人ブラキストンから測量(そくりょう)機械(きかい)測候(そっこう)博物学(はくぶつがく)を学んだ。

明治時代(めいじじだい)に入ってから開拓使(かいたくし)の役人となり、自宅(じたく)気象(きしょう)測量(そくりょう)所を(つく)って日本人としては(はじ)めての本格的(ほんかくてき)気象(きしょう)観測(かんそく)を始めた。そして、函館(はこだて)地方沿岸(えんがん)測量(そくりょう)をはじめとして、千島列島の測量(そくりょう)を行って地図を作成(さくせい)するなどした。
それからも測量(そくりょう)を行いながら、北海道での測量(そくりょう)気象(きしょう)観測(かんそく)指導(しどう)する立場でも活躍(かつやく)した。

(はか)は、称名寺(しょうみょうじ)福士(ふくし)家の墓地(ぼち)にある。

参考文献:はこだて人物誌 福士成豊

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最終更新日: 2011年 10月 25日

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