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続豊治(つづきとよじ)

1798~1880(寛政(かんせい)10~明治(めいじ)13)年
船大工。
松前(まつまえ)生まれで、船大工(つづき)五郎(ごろう)()養子(ようし)となり、6(さい)箱館(はこだて)移住(いじゅう)した。

10代でさらに造船(ぞうせん)技術(ぎじゅつ)(みが)き、高田屋嘉兵衛(かへえ)ゆかりの造船所(ぞうせんしょ)(つと)めてさらに活躍(かつやく)したが、高田屋金兵衛(きんべえ)箱館(はこだて)から去ると造船所(ぞうせんしょ)閉鎖(へいさ)され、職場(しょくば)をなくした豊治(とよじ)は一時仏壇(ぶつだん)職人(しょくにん)となった。

箱館(はこだて)が日米和親条約(じょうやく)によって開港すると、その熱意(ねつい)を買われて船大工に(もど)り、箱館(はこだて)奉行所(ぶぎょうしょ)命令(めいれい)で西洋式の帆船(はんせん)箱館(はこだて)」を(つく)った。その生涯(しょうがい)で15(せき)の洋式帆船(はんせん)建造(けんぞう)した。

息子(むすこ)測量(そくりょう)技術者(ぎじゅつしゃ)として有名な福士(ふくし)(なり)(とよ)

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最終更新日: 2011年 10月 25日

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